兵庫漁業協同組合の存在意義

「安心・安全・新鮮」な魚介類をお店や家庭に届ける役割を担っています。

兵庫漁業協同組合の発足は明治時代にまで遡り、当時の漁業法として明治34年(1901年)に漁業組合を結成させ、現在まで7代に渡る組合長の下で「安心・安全・新鮮」な魚介類を市場に供給しております。
兵庫漁業協同組合の存在
『歴史を感じる場所での活動に誇り』
兵庫漁協は神戸市のほぼ中心部にあり、地下鉄海岸線の「御崎公園駅」やヴィッセル神戸のホームグラウンドに近い場所に拠点を構えています。
平安時代には平清盛が宋(現:中国)と貿易をしたと言われる「大和田の泊(おおわだのとまり)」も私たちの活動拠点内にあり、歴史が支える漁業活動の場です。

兵庫漁業協同組合の組織案内

兵庫漁協は金平町周辺と和田岬南浜周辺の組合員(漁師)さんを中心に構成されています。

兵庫漁業協同組合の組織案内図

和田岬の歴史 - 兵庫漁協の沿革

兵庫漁協は和田岬の歴史と共に、代々守られてきた組合です。

嘉応2年(1170年)
初めて宋の船が大和田の泊に停泊
明治19年
明治政府・農商務省令の「漁業組合準則」が発布され、国内の漁業従事者は新しく規約を締結し、組合を結成することが義務付けられた。
明治30年
三菱造船建設のため、元:和田倉庫会社の敷地と倉庫が買収され、漁家・和田神社の移転が始まる。
明治30年代半ば
三菱神戸造船の敷地不足を補うため、和田岬・今出在家町 地先の海面(約28,000坪)が埋め立てられた。
明治34年
漁業法に基づいた「兵庫漁業協同組合」を設立
端田 太郎兵衛(漁業法の組合・設立委員長)
明治35年
和田神社が現在地に移転完了
明治38年
三菱神戸造船所 操業開始
『兵庫漁協の歴代組合長』
明治21〜明治34年
萬治 常吉(初代組合長)
明治35〜大正14年
三浦 太蔵(二代目)
大正14年〜昭和54年
三浦 清太郎(三代目)
昭和55年〜昭和57年
塩谷 安次郎(四代目)
昭和58年〜平成5年
塩谷 保夫(五代目)
平成5年〜平成22年
湯本 一郎(六代目)
平成23年〜現在
糸谷 安一(七代目)
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